創立20周年記念事業番外編「線路は続くよ、どこまでも
《 【果てしない旅の足跡】 《令和元年9月22日》
徒行記

 

 

阪和線
~仁徳天皇陵は馬鹿でかい~

【三国ヶ丘駅(大阪府堺市堺区向陵中町二丁)→百舌鳥駅(堺区百舌鳥夕雲町二丁)0.9km】   

東海道本線を歩いた翌日の18日(日)、帰るまでの時間を利用して百舌鳥古墳群を見に行きました。当初は、古墳群を全て見るつもりで下調べをしていましたが、当日のあまりの暑さで計画を縮小し、仁徳天皇陵だけを見学しました。具体的には三国ヶ丘駅を出発して仁徳天皇陵を反時計周りに一周したのですが、その南東の端が百舌鳥駅だったので、JR阪和線の1区間を歩いてしまいました。

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三国ヶ丘駅のある堺市は、泉北地域に位置する政令指定都市です。面積149.82㎢は大阪府43市町村中第2位で7.86%を占め、人口828,741人(2019年7月1日現在)は第2位で9.41%を占めています。市の木は柳、花はハナショウブ、花木はツツジ、そして市の鳥はモズ(スズメ目モズ科モズ族Lanius bucephalus Temminck & Schlegel)です。モズは地名の百舌鳥に因んだものではないでしょうか。旧石器時代から人が住み、古墳時代には大小約100個の古墳群が造られました。南北朝以降、貿易港として栄え、安土桃山時代には自治都市であったことは有名です。現在も工業地帯として、また大阪市のベッドタウンとして繁栄しています。
堺市は、畿内に属する旧令制国の和泉国にあります。元々は「泉」一字でしたが、713年(和銅6年)の諸国群郷名著好字令により国名を2字にする必要が生じたため、同じ読みで字面の良い漢字である佳字の「和泉」に変更されました。和泉国は元々は河内国の一部である和泉郡と日根郡を分割して誕生し、その後740年(天平12年)に河内国に戻りましたが、757年(天平勝宝9年)に再度分離されて現在に至っています。
三国ヶ丘駅は、南海電気鉄道とJR西日本の駅です。JR西日本・三国ヶ丘駅は堀割部分に相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、分岐器はありませんが、絶対信号機があるため停留所ではありません。1番のりばは阪和線下り鳳・関西空港・和歌山方面行き、2番のりばは上り天王寺・大阪方面行きです。1日の平均乗車人員は23,947人(2017年度)で、みどりの券売機プラスが設置されています。1942年(昭和17年)2月15日の開業です。

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10時17分(晴れ)に三国ヶ丘駅を出て天皇陵の東側を歩いて、古墳を時計回りに古墳の拝所へ向かいました。百舌鳥北町から向陵西町に入ると源右衛門山古墳があり、そこを見学してから百舌鳥夕雲町に入って南下していたところ、自転車に乗った男の人に声をかけられました。「どこから来たのか?」と尋ねられたので、「島根県」と答えると、「自分も島根県生まれだ。出雲の出身だ。」と話し続けます。そして、「自分は堺に来て30年になる。仁徳天皇陵の周りを歩いても何も見えない。近くの14階建ての市営住宅(市営向陵西町住宅)の最上階のベランダから見ると、写真のような仁徳天皇陵の全景が見える。普通のマンションと違って、市営住宅だから住民以外が立ち入ってもうるさく言われない。是非、見に行った方が良い。」と熱心に勧めました。私は35℃の猛暑の中を長く歩くのは嫌だったのですが、折角なのでお礼を言って、市営住宅の方へ引き返しました。
そして、仁徳天皇陵を反時計回りに歩き始めました。確かに、地上を歩いても仁徳天皇陵の堀と木々が見えるだけで、何も見えません。そして、百舌鳥夕雲町から向陵西町、大山町に入り国道310号線に出ると、仁徳天皇陵の外堀の内側に大安寺山古墳がありました。これをざっと見て更に歩いて、国道310号線の陸橋を渡って向陵西町に入り、例の市営住宅に到着しました。エレベーターで14階まで行き、ベランダから仁徳天皇陵を眺めると、確かに写真で見るような前方後円墳の円の部分が分かりました。あまり長居はできないので、写真を撮ると、そそくさとエレベーターに乗って、地上に戻りました。
市営住宅を出ると再び国道310号線の陸橋を渡って大仙町へ戻り、仁徳天皇陵の周囲を歩き始めました。約200m歩くと天皇陵の周回歩道は右(東)の外堀側が大仙町、左(西)側が北丸保園になります。そして、北丸保園には丸保山古墳がありました。更に南下すると周回歩道の左側(西)は南丸保園となり、やがて左(西)側も大仙町になります。そして、樋の谷古墳の前を通り、銅亀山古墳の側を通って、古墳の方の辺沿いを走る道路に達しました。そして、道路向の大仙中町にある狐山古墳を見てから道路沿いに天皇陵の底辺に沿って歩き、仁徳天皇陵の拝所に辿り着きました。中には拝んでいる人もいましたが、私は仁徳天皇陵は仁徳天皇の墓ではないことを知っていましたので、拝まずに拝所を後にしました。
その後も天皇陵の底辺に従って南東に歩くと、天皇陵の底辺が尽きる直ぐ先に鉄道の駅がありました。立ち寄って見るとJR阪和線百舌鳥駅でした。 百舌鳥駅は、相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、分岐器はありませんが、絶対信号機があるため停留所ではありません。業務委託駅で、みどりの券売機プラスが設置されています。1番のりばは阪和線下り鳳・関西空港・和歌山方面行き、2番のりばは上り天王寺・大阪方面行きです。1日の平均乗車人員は3,904人(2017年度)で、1929年(昭和4年)7月18日の開業です。
百舌鳥駅を出ると、堀のある西側が大仙町で、東側が百舌鳥夕雲町の間を走る天陵の東側の周回歩道を東北へ向かって歩き、途中で塚廻古墳を見てから向陵西町に戻り、国道3号線に突き当たって右折し、百舌鳥北町に入り、12時35分(晴れ)に三国ヶ丘駅に戻りました。

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《三国ヶ丘駅駅・百舌鳥駅間で観察された鳥達》
[カモ目]〔カモ科〕カルガモ
[ハト目]〔ハト科〕カワラバト、キジバト
[カツオドリ目]〔ウ科〕カワウ
[ペリカン目]〔サギ科〕アオサギ
[スズメ目]〔カラス科〕ハシブトガラス〔シジュウカラ科〕シジュウカラ
       〔ツバメ科〕ツバメ〔ヒヨドリ科〕ヒヨドリ〔メジロ科〕メジロ
       〔ムクドリ科〕ムクドリ〔スズメ科〕スズメ 
以上5目11科12種

2.東海道本線Ⅹ
~神戸の真ん中に着いた~
東海道本線の旅は、前に歩くよりも横の私鉄の駅へ歩く方の距離が長くて、ちっとも進みません。これでは私が元気な内に、京都・新山口間が繋がるかどうか不安になってきます。そこで、9月は後半の3連休を利用して、前日の21日(土)の午前中は山口県熊毛郡田布施町で仕事をし、そのまま大阪へ移動して夕方から大阪鶴見緑地ナイトハーフマラソンに参加してから神戸に移動して神戸駅近くのホテルに泊まりました。そして、翌日の22日(日)に六甲道駅から三ノ宮駅までの3駅4.7営業kmを歩きました。

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【六甲道駅→摩耶駅(神戸市灘区灘南通五丁目5番)1.4km】

《六甲道駅→阪急・六甲駅(灘区宮山町三丁目1番)》

 神戸駅から東海道本線に乗って六甲道駅で下車し、コインロッカーに荷物を預けて北口を出ようとすると雨が降ってきましたので、駅に戻ってコンビニで傘を買い、カメラが濡れるといけないのでコインロッカーに仕舞い、8時57分(小雨)に六甲駅北口を出発しました。そして約100m東へ引き返して南北に走る道を北上し、永手町から森後町、日尾町を経て八幡町に入り、9時17分(曇り)に阪急・六甲駅に到着しました。この時点では西へは約300mしか進んでいません。
 阪急電鉄・神戸本線・六甲駅は、待避線の外側に相対式2面2線を有する地上駅で、駅舎は橋上にあります。1号線は下り神戸三宮・新開地・山陽電鉄線方面行き、4号線は上り大阪梅田・西宮北口・京都・宝塚方面行きです。2・3号線は通過線でホームはありません。1日の平均乗車人員は19,951人(2017年度)で、1920年(大正9年)7月16日の開業です。

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《阪急・六甲駅→阪神・大石駅(灘区船寺通一丁目4番2号)》

  阪急・六甲駅を出ると暫くは阪急線路沿いに南西に歩き、八幡町から篠原南町を通って都津川に達しました。そこから左折し南下して将軍通に入り、新都津川橋を渡って水道筋に入り、再び左折して都津川沿いを南下し、岸地通、大内通、泉通、灘北通、灘南通を経て船寺通に入り、10時3分(曇り)に阪神・大石駅に到着しました。
 阪神電気鉄道・本線・大石駅は、待避設備を有する島式ホーム2面4線の高架駅で、駅の梅田寄りは都津川を跨いでいます。改札口は1階の1カ所だけで、ホームは2階にあります。1番線は上下・山陽折り返し・回送列車待避線、2番線は上り尼崎・大阪(梅田)・難波・奈良方面行き、3・4番線は下り神戸(三宮)・明石・姫路方面行きです。1日の平均乗車人員は4,920人(2017年度)で、1905年(明治38年)4月12日の開業です。 《阪神・大石駅→阪神・西灘駅(灘区都通五丁目5番1号)》  阪神・大石駅を出ると、直線距離で約600mの阪神・西灘駅を目指しました。阪神線路沿いに船寺通を西へ歩いて、10時16分(曇り)に阪神・西灘駅に到着しました。

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 阪神電気鉄道・本線・西灘駅は、相対式ホーム2面2線を有する高架駅で、分岐器や絶対信号機を持たない停留所です。駅舎・改札口は梅田寄りの1階の1カ所だけで、ホームは2階にあります。1番線は上り尼崎・大阪(梅田)・難波・奈良方面行き、2番線は下り神戸(三宮)・明石・姫路方面行きです。1日の平均乗車人員は2,932人(2017年度)で、1927年(昭和2年)7月1日の開業です。

《阪神・西灘駅→摩耶駅》

 阪神・西灘駅を出ると北約300mにある摩耶駅を目指して、北へ歩き都通から船寺通を経て灘南通へ入り、10時29分(曇り)に摩耶駅に到着しました。

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 西日本旅客鉄道・東海道本線(JR神戸線)・摩耶駅は、内側の緩行線のみの島式ホーム1面2線を有する地上駅で、橋上駅舎を有しています。外側の特急線にはホームはありません。1番のりばはJR神戸線上り尼崎・大阪・北新地方面行き、2番のりばは下り三ノ宮・姫路方面行きです。直営駅で、みどりの券売機プラスが設置された、神戸市内駅です。1日の平均乗車人員は4,806人(2017年度)で、2016年(平成28年)3月26日開業の若い駅です。

《六甲道駅・摩耶駅間で観察された鳥達》
[ハト目]〔ハト科〕カワラバト、キジバト
[タカ目]〔タカ科〕トビ
[スズメ目]〔カラス科〕ハシブトガラス〔ヒヨドリ科〕ヒヨドリ
       〔ムクドリ科〕ムクドリ〔スズメ科〕スズメ〔セキレイ科〕ハクセキレイ 
以上3目7科8種

【摩耶駅→灘駅(神戸市灘区岩屋北町七丁目3番1号)0.9km】

《摩耶駅→阪急・王子公園駅(灘区王子町一丁目4番20号)》

 摩耶駅を出ると、路沿いに約200m歩いてから右折し、灘北通から泉通、大内通、岸地通と北上し、水道筋との境を左折して南西に歩いて西郷川へ達しました。そして、川沿いに北西に歩いて、阪急の線路の手前を左折して川を渡って王子町へ入り、10時53分(曇り)に阪急・王子公園駅へ到着しました。

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 阪急電鉄・神戸本線・王子公園駅は、相対式ホーム2面2線を有する高架駅で、停留所です。改札口は東西の1階に2カ所あり、ホームは2階です。1号線は神戸本線下り神戸三宮・新開地・山陽電鉄線方面行き、2号線は上り大阪梅田・西宮北口・京都・宝塚方面行きです。1日の平均乗車人員は11,310人(2017年度)です。1936年(昭和11年)4月1日の開業ですが、1984年(昭和59年)までは西灘駅と呼ばれていました。

《阪急・王子公園駅→阪神・岩屋駅(灘区岩屋北町四丁目1番1号)》

 阪急・王子公園駅の北口を出ると王子公園に入り、南東側の端を歩いて王子公園駅の西口の前を歩いて線路に南側に出て、王子町から城内通、灘北通と南下し、JRの線路を越えて岩屋北町に入りました。そして、11時17分(曇り)に阪神・岩屋駅に到着しました。阪神・岩屋駅は阪急・王子公園駅のほぼ真南にあります。

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 阪神電気鉄道・本線・岩屋駅は方向別単式ホーム2面2線を有し、エレベーターとエスカレーターが設置されている半地下駅です。分岐器や絶対信号機のないため停留所です。1番線は本線上り尼崎・大阪(梅田)・難波・奈良方面行き、2番線は下り神戸(三宮)・明石・姫路方面行きです。1日の平均乗車人員は5,871人(2017年度)で、1905年(明治38年)4月12日の開業です。

《阪神・岩屋駅→灘駅》

 阪神・岩屋駅を出ると北約200m余りにある灘駅を目指して岩屋北町を歩き、11時24分(曇り)に灘駅に到着しました。  西日本旅客鉄道・東海道本線(JR神戸線)・灘駅は、島式ホーム2面4線を有する地上駅で、橋上駅舎を有しています。改札口は1カ所です。1番のりばはJR神戸線上り通過線、2番のりばは上り尼崎・大阪・北新地方面行き、3番のりばは下り三ノ宮・姫路方面行き、4番のりばは下り通過線で、1・4番のりばは閉鎖されています。直営駅で、みどりの窓口があり、神戸市内駅です。1日の平均乗車人員は21,425人(2017年度)で、1917年(大正6年)12月1日の開業です。

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《摩耶駅・灘駅間で観察された鳥達》

[ハト目]〔ハト科〕カワラバト
[スズメ目]〔カラス科〕ハシブトガラス〔ヒヨドリ科〕ヒヨドリ
       〔ムクドリ科〕ムクドリ〔スズメ科〕スズメ〔セキレイ科〕ハクセキレイ
 以上2目6科6種

【灘駅→三ノ宮駅(神戸市中央区布引町四丁目1番1号)2.4km】

《灘駅→阪神・春日野道駅(神戸市中央区吾妻通一丁目1番131号)》

 灘駅を出ると線路沿いに西南西へ歩いて約100mで中央区脇浜町に入りました。そして、筒井町との境で左折して南下し、国道2号線まで歩いて右折して、国道2号線近くで西に張り出している脇浜町に戻り、11時44分(曇り)に阪神・春日野道駅の2番出口に到着しました。  阪神電気鉄道・本線・春日野道駅は国道2号線の真下にある相対式ホーム2面2線を有する地下駅で、分岐器や絶対信号機のない停留所です。1番線は本線上り尼崎・大阪(梅田)・難波・奈良方面行き、2番線は下り神戸(三宮)・明石・姫路方面行きです。1日の平均乗車人員は8,192人(2017年度)です。1905年(明治38年)4月12日の開業ですが、1934年(昭和9年)5月1日より前は地上駅でした。なお、駅や他の出口は吾妻通にありますが、2番出口だけは脇浜町にあります。

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《阪神・春日野道駅→阪急・春日野道駅(神戸市中央区国香通一丁目25番地6)》

 阪神・春日野道駅を出ると、北西約500mに位置する阪急・春日野道駅を目指して歩き、吾妻通から日暮通、八雲通、東雲通を経て阪急電車の線路の北側へ出て国香通に入りました。そこには阪急・春日野道駅があるはずでしたが、見当たりません。行き過ぎたのかと思い線路の北側を灘駅方面へ引き返しましたが、それでも見当たりません。そこで仕方なく道行く人に尋ねて、更に東側に阪急の駅があることを知りました。そして、12時6分(晴れ)に阪急・春日野道駅に到着しました。
 阪急電鉄・神戸本線・春日野道駅は島式ホーム1面2線を有する高架駅で、この辺りではJR神戸線が並んで走っています。分岐器や絶対信号機のない停留所で、ホームは2階にあり、駅舎及び改札口は梅田側の1カ所です。1号線は神戸本線下り神戸三宮・新開地・山陽電鉄線方面行き、2号線は上り大阪梅田・西宮北口・京都・宝塚方面行きです。1日辺りの平均乗車人員は6,567人(2017年度)で、1936年(昭和11年)4月1日の開業です。

《阪急・春日野道駅→三ノ宮駅・神戸三宮駅(阪神・阪急)》

 阪急・春日野道駅を出ると南東へ線路沿いに、若菜通、東雲通、八雲通、旭通、琴ノ緒町を経て雲井通に入りました。そして、三ノ宮駅に到着しましたが、ここにはJR三ノ宮駅だけでなく、阪神、阪急、神戸新交通、神戸市交通局の駅があります。今回は線路沿いを歩いていない神戸新交通と神戸市交通局の駅は省略して、まずは一番近い阪神・神戸三宮駅を目指しました。JRや阪急の駅へ行く案内看板は見つかりましたが、阪神の駅はなかなか見つかりませんでしたが、一端外へ出てから阪神の駅を探し、地下に駅があることが分かり、12時38分に漸く阪神・神戸三宮駅に到着しました。

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 阪神電気鉄道・本線・神戸三宮駅は、島式ホーム2面三戦を有する地下駅で、地下1階部分がコンコース、地下2階部分がホームになっています。1番線は上り甲子園・尼崎・大阪梅田・難波・奈良方面行き、2番線は当駅折り返し専用で上り甲子園・尼崎・大阪梅田・難波・奈良方面行き・快速急行・下り降車用ホーム、3番のりばは下り高速神戸・新開地・明石・姫路方面行きです。1日の平均乗車人員は56,044人(2017年度)と益田市の人口を上回り、1905年(明治38年)4月12日の開業です。
 引き続き三ノ宮駅構内をうろうろして、12時43分に阪急・神戸三宮駅に到着しました。
 阪急電鉄・神戸本線・神戸三宮駅は、島式ホーム2面3線を有する高架駅で、神戸高速鉄道と直通しており、1・2番ホームは神戸高速線下り新開地・山陽(明石・姫路)方面行き、3・4番ホームは神戸本線上り大阪梅田・西宮北口・京都・宝塚方面行きです。1日の平均乗車人員は71,381人(2017年度)で、1936年(昭和11年)4月1日の開業です。  更に阪急・神戸三宮駅の案内看板に従ってJR三ノ宮駅方面へ歩き、一端外へ出たから、12時47分(曇り)に三ノ宮駅に到着しました。

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 西日本旅客鉄道・東海道本線(JR神戸線)・三ノ宮駅は、神戸市の中心・三ノ宮に位置するターミナル駅です。構造は東西方向へ伸びる島式ホーム2面4線を有する高架駅で、改札口は西口・中央口・東口があります。1・2番のりばはJR神戸線上り尼崎・大阪・京都方面行きで1番のりばは特急・新快速と一部の快速、2番のりばは快速と普通、3・4番は下り西明石・姫路方面行きで4番のりばは特急・新快速・一部の快速、3番のりばは快速・普通列車になっています。駅長がいる直営駅で、甲南山手駅・灘駅間の各駅と灘駅を管理する管理駅です。当然、みどりの窓口があり、ICOCAが使え、神戸市内駅です。1日の平均乗車人員は124,917人(2018年度)で、1874年(明治7年)5月11日の開業です。
 この日は夕方から大阪の友人に会うことになっていましたので、この日の旅は三ノ宮駅で終え、普通列車で六甲道駅まで引き返して荷物を取り出し、大阪へ向かいました。

《灘駅・三ノ宮駅間で観察された鳥達》
[ハト目]〔ハト科〕カワラバト
[スズメ目]〔カラス科〕ハシブトガラス〔ヒヨドリ科〕ヒヨドリ〔スズメ科〕スズメ
 以上2目4科4種